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仙台高等裁判所 昭和60年(う)136号 判決 1988年3月28日

本籍

岩手県宮古市大通二丁目三六番地

住居

同県同市南町一五番一九号

電気工事業

村山美代二

昭和一〇年九月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき昭和六〇年五月二四日盛岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官楠原一男出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月及び罰金二〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松本昌道、同渡部修各作成名義の控訴趣意書、右両弁護人共同作成名義の「控訴趣意書の一部訂正の申立及び同趣意書の別紙添付した表等の説明書並びに証拠調請求の趣旨説明書」のうち、第一項及び第二項に、これに対する答弁は、検察官渡邉靖子作成名義の昭和六〇年一〇月四日付、一一月二〇日付各答弁書(ただし前者の一枚目裏八行目から九行目にかけて「いわゆるつまみ申告であるが、」とあるのを削除)にそれぞれ記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

なお、主任弁護人は、当公判廷において、弁護人松本昌道作成名義の控訴趣意書記載の控訴趣意第一の中、事実誤認の主張は、要するに、右控訴趣意書の二四枚目表末行から同裏末行までに要約したように、原判決が、被告人にほ脱の認識のなかった部分をも含めて、確定申告書記載の数字と実際の所得金額、所得税額との単純な差額全部をもって、これを漫然と「ほ脱した」と認定した点において事実誤認があることを主張する趣旨であり、この点については法令の解釈適用の誤りを主張するものではない。同第一の中、法令の解釈適用の誤りの主張は、右控訴趣意書の一九枚目裏四行目から二二枚目表九行目まで((第一、一、3、(4)))に記載のとおり、原判決が増加事業税を順次翌年に必要経費として算入しなかった点の誤りを主張する趣旨に尽きる旨並びに検察官の昭和六〇年一一月二〇日付答弁書の三枚目裏一行目の末から「売上金額の大部分を仮名預金とする秘匿工作を行い、これと全く関連しない内容虚偽の決算書類を作成し」とあるが、これは結果的にそうなったのであって、被告人が殊更に意図して「売上金額の大部分を仮名預金とする秘匿工作を行い、これと全く関連しない内容虚偽の決算書類を作成し」たものではない旨補陳しており、検察官は、当公判廷において、昭和六〇年一〇月四日付答弁書は弁護人両名の各控訴趣意に対し概括して答弁したものであるが、弁護人松本昌道の法令の解釈適用の誤りの主張も理由がない旨付加陳述している。

控訴趣意第一 事実誤認ないし法令の解釈、適用の誤りの主張について

所論は、要するに、原判決は、証拠の評価を誤り、かつ、経験則に反して、被告人の昭和五六年分ないし同五八年分の所得税につき、いずれも被告人のなした各年分(以下、本件各年分という。)の確定申告にかかる総所得金額及び所得税額(以下、いずれも公表額という。)と原判示認定にかかる実際の総所得金額及びこれに対する正規の所得税額(以下、いずれも実際額という。)との単純な差額をもってそのすべてをほ脱したものとし、<1>でんき&せつびBISINESSDIARY1978(仙台高等裁判所昭和六一年押第七号符号一。以下、オレンジノートという。)記載の本件各年分の売上金額を前提とする総所得公表額と同実際額との差額に関するほ脱の故意、<2>本件各年分総所得実際額算出に当っての値引、仕入、外注費の各金額の算定とその処理、<3>増加事業税の必要経費としての算入処理、<4>不動産所得及び譲渡所得に関するほ脱の故意の各点につき、右<3>については所得税法の解釈、適用を誤り、その余についてはいずれも事実を誤認し、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

以下、記録ならびに原裁判所において取り調べた証拠に当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

一  オレンジノート記載の本件各年分の売上金額を前提とする総所得公表額と同各年分実際額との差額に関するほ脱の故意について

所論は、被告人は、オレンジノート記載の売上金額を信頼し、同金額に大きな金額の脱ろう等があることなど全く認識していなかったのであるから同ノート記載の売上金額と同実際額との差額については、ほ脱の故意がない、というのである。

しかしながら、原審において被告人が同意して取調べが済み、その信用性に疑問をさしはさむべき事情も認められない、被告人及び村山和子の捜査段階における各供述調書等を含む関係各証拠によれば、本件所得申告除外の方法は、本件各年分とも特定の取引を秘匿して除外したというものではなく、総所得金額をことさら過少に計上して申告するという方法によるものであるところ、被告人は、昭和四八年ごろから、申告の際、実際額に関わりなく所得金額を一〇〇〇万円以下に抑え、しかも前年分の所得よりも五パーセントを超えない範囲に増額するように調整して申告してきており、本件各年分についても右の方針を踏襲して申告をなすに至っている。(ただし、昭和五八年分からは高額所得公示制度の改正により、この方針も若干変更されている。)したがって、青色確定申告の際の申告所得額は、前記ノートの記載金額に関係なく、右方針により決定されていたものであり、被告人自身、現実に妻和子がオレンジノートにまとめた以上の売上金額があったとしても、所得金額で抑えて申告する方針に変更はなかったことを自認し、また、所得金額調整の際には、売上金額を増減したばかりでなく、仕入金額や経費金額についても売上金額に合わせて作為的に増減していたことも自認しているところであって(被告人の昭和五九年一〇月二日付質問てん末書、同六〇年二月一日付、同月二二日付各検察官に対する供述調書)、加えて、前示の如く、信用性に疑問の余地のない関係各証拠によれば、右ノートの記載は、被告人の妻村山和子が売掛帳、現金出納帳、元帳などから所定の項目の金額を拾い上げて集計し、記載したものであるが、同女は売上金額の集計においてはいわゆる発生主義により取引額そのものを集計しながら、雑口分(継続取引でない取引分)については、その取引額が二、三万円程度のものから場合によっては一〇万円を超える取引のものまで、金額がわずかであるなどとして少なからぬ金額のものまで集計から除外したりしているほか、仕入額、外注費は一部値引があってもこれを控除せずに集計記載しており、なお、仕入について一言すれば、昭和五六年分については、実際額より五〇〇万円以上多いものが記載され、逆に同五八年分については三〇〇万円を超える記載洩れがあったことになるなど、恣意に亘るふしもあって、その正確性には極めて多くの疑問があり、本件各年分についての右ノート記載の売上金額とこれをはるかに上回る実際の売上額との間の極めて高額な差額、すなわち、昭和五六年分が二七一八万七三六一円、同五七年分が一八三〇万〇一一〇円、同五八年分が四一〇〇万七五二〇円、といった金額が、すべて被告人や経理担当者である妻和子の多忙や経理処理上の不手際に原因して右ノートへの記載洩れとなったものであるなどとは到底考えられない。これらの事情からすれば、右オレンジノートを作っていたことの意義は、被告人が前示のような所得調整をする際、売上のみならず仕入や外注費等も増減調整する必要があるか否かを検討するための概括的参考資料であったのに過ぎず、被告人のほ脱の犯意の内容を直接的に左右したり、限定したりという性質のものではなかったと見ざるを得ない。

更に、本件各年分の記帳洩れ金額の中かなりの割合を占めているのは銀行振込支払いあるいは手形入金による売上額であるところ、被告人は個人企業の経営主体であって、自ら契約を締結することにより契約金額や弁済期を熟知し、支払方法が銀行振込送金であるか、あるいはその他の方法によるかを選択決定し、銀行振込送金の場合は振込先を指定しているものであり、しかも、高額の銀行振込送金の支払方法を採る取引先は、官公庁、大手企業が相当数を占め、それらは契約締結年度内に支払いを終了する仕組みになっており、被告人の十数年来の取引経験や、取引先への請求書の単価は被告人が決定したものを従業員に清書させていたことから見ても、振込送金される巨額の売上の存在を失念するなどということは理解しがたいところであり、いかにオレンジノートにその記載がなかったからといって、被告人がこれらの売上の存在につき認識を欠いていたなどということは到底認め難いところである。

以上のとおり、被告人は当初からオレンジノートの記載内容が不正確であることを十分知りながら、しかも、本件においては所得税について青色申告の承認を受けていたにもかかわらず、売上を正確に記録した帳簿書類の備付・取引の記録・帳簿書類保存義務の履践が極めて不完全で、売上金の大部分を少なからぬ仮空名義、あるいは身内の者や従業員名義で預金するなどして秘匿し、原判示各申告時において、前記申告方針に従って所得を調整し、各年分所得税青色申告決算(一般用)の月別売上(収入)金額および仕入金額欄にそれぞれ、昭和五六年分についてはオレンジノート記載の現金入金額一億二九〇四万一四〇九円(売上高は一億六八九三万五六〇六円となっている。)を、同五七年分は同ノート記載の現金入金額一億一六二六万六五二三円(売上高は一億五二〇四万〇七四八円となっている。)を調整した金額一億二二一五万四八五九円を、同五八年分は同じく同ノート記載の現金入金額一億三六九七万八一七一円から同年一二月分売上決算額二三四五万五八四〇円を一〇〇〇万円減額調整した金額一億二六九七万八一七一円をそれぞれ計上して所得申告をなし、同五七年分及び同五八年分については後記のとおり更にオレンジノートを基に仕入金額につき同五八年分三〇〇万円、外注費について同五七年分一〇〇万円、同五八年分二〇〇万円を上積みした金額を申告し、もってことさらに虚偽過少の申告をなしたものであり、右各申告自体が所得税法二三八条一項所定の不正行為にあたるものというべきであり、申告税額と正当税額との差額全部と右不正行為との間に因果関係があり、かつ、差額全部につきほ脱の故意があったものと解される。証人村山和子、被告人の当審公判廷における各供述中、右認定に反する部分は、不自然、不合理な弁解に終始していて措信の限りではなく、所論は採用できない。

二  値引額、仕入額、外注費に関する主張について

所論は、値引額について、前記一の主張を前提として税理士佐藤正雄作成の昭和五九年一一月九日付上申書(損益計算書について)(記録第二冊五一-一三九丁以下)記載の「<3>値引額」(売上金額と入金額の差額であり、領収証控、売上台帳に基づく実際の値引額)は、同税理士の算出した実際の売上金額から差引くべきではなく、被告人の認識していることが明白なオレンジノート記載の売上金額から差引くべきであると主張する。

しかしながら、右<3>の値引額は、オレンジノート記載の売上金額の値引部分のみならず、全体の売上金額についてのものを計上していることはその記載上明らかであるばかりでなく、前記一において述べたとおり、オレンジノートの記載部分のみが被告人の所得存在の認識の根拠であるとする主張自体が首肯しがたいことは既に見たとおりであるから、これを前提とする所論は採用できない。

また、所論は、被告人は、昭和五六年分仕入額についてはオレンジノート記載金額から一四七万二六三〇円を減額し、同五七年分については外注費をオレンジノート記載金額に一〇〇万円増額し、同五八年分については仕入額、外注費を右ノート記載金額にそれぞれ三〇〇万円と二〇〇万円を増額して申告しているが、右は被告人が、妻和子が売上については値引を考慮しない発生額でオレンジノートに集計する一方で、仕入については発生額によらない支払額を集計したので同女が値引分を加算した額をそのまゝ加算するについては相当の根拠があるものと信じて、各申告をなしたものであり、この点についてはほ脱の認識がないというもののようであるが、前記のとおりオレンジノートの記載部分のみが被告人の所得存在の認識の根拠であるとする前提それ自体が理由なく、被告人が、本件各年分の仕入、外注費についても申告額の調整をしていたことは既に指摘のとおりであり、所論は採るを得ない。

三  増加事業税の必要経費としての算入について

所論は、所得税が修正申告によって増加された場合には、これに伴って増加する事業税は一〇〇パーセント課税されるのであるから、これを翌年の必要経費に順次算入すべきである、と主張する。

しかし、所論も指摘するように、個人の事業税についての取扱いは、所得税法三七条一項及び所得税基本通達三七-六所定のとおりであり、法人の事業税取扱いとは差異のあるところである。しかし、法人の事業税はすべての法人の事業に対して課税されるのに対し、個人事業税はすべての個人の事業に対して課税されるものではないことからの合理的な区別であるばかりでなく、地方税法上、個人の事業税は納税通知書の交付によって事業税債務として確定するものであるから、それのない本件各年分の被告人の所得税算定において未確定の債務を必要経費に算入しない取扱いは蓋し当然であって、右法令に従った経費算定方法を前提とする原判決に何ら誤りはなく、所論は採用できない。

四  譲渡所得及び不動産所得について

所論は、被告人の昭和五七年分の不動産所得が確定申告よりも増加したのは妻和子が収入金額三六万二五〇〇円の計上を洩らしたに過ぎず、また被告人の譲渡所得は、昭和五八年分の事業用自動車売却によるものであって、和子も被告人も自動車売却の損益を申告しなければならないことを知らなかったから、右各所得についてはほ脱の犯意がない、と主張する。

しかしながら、前出オレンジノート昭和五七年度諸経費記載部分に併せて家賃六五万四〇〇〇円の記載があるにもかかわらず、同年分所得税青色申告決算書(不動産用)において東建ハウス分家賃年額四六万八一〇〇円の過少申告をなすのみであるから、その額が右のように高額であることと併せ考えれば、その計上を失念したとは思われず、また、事業用自動車は償却資産であって、青色申告決算書には償却額計算を明記することが求められており、現に被告人は前年分の申告において右計算を記載していたことが認められるのであるから、被告人がこれらの所得を申告しなかったことについてほ脱の認識があったことは優に肯認できる。所論は採用できない。

その他、多岐にわたる所論にかんがみ、改めて記録を精査してみても、被告人が、所得税を免れようと企て、売上の一部を除外するなど不正の手段によって所得を秘匿したうえ、原判示のとおり、昭和五六年分ないし同五八年分の所得につき、それぞれ、ことさらに過少申告をなし、各正規の所得税額を免脱したとして各所得税法違反につき被告人を有罪とした原判決の判断に所論のかしはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二 量刑不当の主張について

所論は、原判決の量刑は、被告人が起訴前において既に本件所得税のほ脱によりそれぞれ該当年分の再修正申告をなし、これに基づく本税、重加算税等総合計一億六一五七万円余を完納していることへの検討が十分になされなかった結果、刑の執行を猶予しなかった点において重きに過ぎ不当である、というのである。

そこで、記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は、被告人が原判示のとおり昭和五六年分ないし同五八年分の所得税額は、各年につきそれぞれ三八二一万九四〇〇円、二二二二万四七〇〇円、三五六五万二七〇〇円であるのに売上の一部を除外するなどの不正手段によって所得を秘匿し、右各年の所得税三六六二万三五〇〇円、二〇九八万二七〇〇円、三二九八万二一〇〇円を各免脱したという所得税法違反の事犯であり、被告人は、昭和五六、五七年分の過少申告が発覚した際、わずかな加算額を納付したのみであるのに、更に同五八年分について前同様の手段、方法をもって脱税を継続したものであって、そのほ脱率は約九四・二六パーセソトと甚だ高く、その動機も自己の生活設計や身体障害者である実弟の子弟らの将来の教育費の援助のためということであって特に酌むべきものも見当らず、納税の不公平感を助長しひいては国民の納税意欲の低下による申告納税制度の根幹を危うくするものとして、この種脱税事犯に対する国民の評価の極めて厳しい状況に微すれば総じて犯情は芳しからず、その刑責を軽視することは許されないところであり、原判決が厳しく実刑をもって臨んだのも理由がないわけではない。

しかしながら、更に考えてみるに、本件においては、脱税の手段方法は、不完全な帳簿によって集計した所得額を増減するという比較的単純な方法であるにとどまり、本件犯行が発覚した後においては税務の専門家の援助を求めて妻とともに脱税状況の解明に協力し、その結果を税理士作成名義の上申書にまとめて税務機関に提出し、その帰結として、遡った昭和五四年分及び本件の同五八年分につき各修正申告を、同五五年分ないし同五七年分につき各再修正申告をなし、これによる脱税額の完納に至っていること、すなわち、右各修正申告、各再修正申告に基づく納税額のうち、本件の昭和五六ないし五八年の三年度分について見れば、所得税本税の合計は八九二三万七五〇〇円、同重加算税の合計は二六九一万一六〇〇円、同廷滞税の合計は一一六三万八七〇〇円であるが、市民税・県民税、個人事業税をも加えると、その総計は一億六一二九万八九八〇円となり、そのほか、これに過年度である昭和五四年分、同五五年分の国税、地方税納付額を加算すれば、その総額は二億五九五七万〇七八〇円となるところ、被告人は、所得税本税合計一億四〇一六万六五〇〇円を本件公訴提起以前である昭和五九年一二月一三日に、同じく昭和五四年分の所得税本税五三一万四四〇〇円を同五九年一二月二五日に納付しているほか、重加算税合計三七六〇万六七〇〇円と延滞税合計二二〇一万二〇〇〇円とを昭和六〇年二月一日にそれぞれ納付し、また、地方税についても、市民税・県民税の修正分合計四二二七万六一八〇円を昭和六〇年一月二八日に、更に、個人事業税合計一二一九万五〇〇〇円を昭和五九年一二月二一日と二七日に分けて納付していることが認められるのであって、当然のことと言ってしまえばそれまでのことではあろうが、そこには被告人なりに過去の非を清算しようとするものがあると認められることや、また極めて当然のことながら被告人は今更のように本件違反を深く反省していること、被告人にはこれまでに前科、前歴がなく、本件の発覚により地域社会における信用が低下し、岩手県からの指名停止を受けて業績も落ち、相応の社会的制裁を受けていることなど、被告人のために酌むべき事情も認められ、これらの情状及びこの種事犯に対する量刑の実情、刑政の理念に鑑み改めて被告人の量刑について考えてみると、此の際、被告人の本件非違を厳しく指弾する必要のあることはもとよりであるとしても、今回に限り懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断されるから、原判決の量刑は、刑期、罰金額の点はともかく懲役刑の執行を猶予しなかった点において重きに過ぎるうらみがあり、破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決が確定した事実に、原判決と同一の法令を適用、処断した刑期及び金額の範囲内で前記情状を考慮のうえ、被告人を懲役一〇月及び罰金二〇〇〇万円に処し、懲役刑の執行猶予につき刑法二五条一項、罰金刑の換刑処分につき同法一八条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金末和雄 裁判官 井野場明子 裁判官 千葉勝郎)

○控訴趣意書

被告人 村山美代二

右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は次のとおりである。

昭和六〇年八月三〇日

弁護人 渡部修

仙台高等裁判所

第一刑事部 御中

第一点 原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認が存する。

一、原判決は、公訴事実を全くそのとおり認め、脱税額を昭和五六年中が金三六六二万三五〇〇円、昭和五七年中が金二〇九八万二七〇〇円、昭和五八年中が金三二九八万二一〇〇円の合計金九〇五八万八三〇〇円と認定した。しかし、これは明らかな事実誤認なのである。

二、その理由は、後で詳述するとして、被告人の本件所得税法違反の対象となるべき脱税額は、昭和五六年分が金二〇八三万六〇〇〇円、昭和五七年分が金一六八八万七四〇〇円、昭和五八年分が金一五〇一万九七〇〇円の合計金五二七四万三一〇〇円にすぎない。すなわち、原判決は、これを上廻る金三七八四万五二〇〇円につき事実を誤認して犯罪の成立を不当にも認めてしまったのである。

三、被告人は、原審公判の刑訴法二九一条二項に基づく陳述において「起訴状記載のとおり相違ない」旨を告げ、もって公訴事実の全部を(通説、判例にしたがえば)自白している(平場外、注解刑事訴訟法中巻四四八頁参照)。しかし、刑訴法には、控訴審で新たな主張をなすことを制限する既定はないから、したがって、被告人が一審公判で自白しても、証拠書類の中に、あるいは公判審理の過程の中に、一部無罪などを疑わしめる証跡があれば、これを援用して事実誤認なる新たな主張をなすことができる(藤野・新たな事実の主張・公判法第系Ⅳ・上訴・一六七頁)。すなわち、本件においては、次に述べるとおりの明白な証跡があったのであるから、一部無罪を理由とする事実誤認の新たな主張が許されるものである。

四、(一)、租税ほ脱犯は故意犯であることを本質としている。したがって、それが犯罪として成立するためには、行為者に構成要件に該当する事実の認識が絶対に必要となる。これを租税犯についていえば、その構成要件は、偽りその他不正の行為により納税義務を免れることであるから、ほ脱犯の構成要件を組成する客観的事実の認識が成立するためには、納税義務すなわちその内容をなす所得の存在についての認識が必要であり、さらに、偽りその他不正の行為に該当する事実の認識、およびほ脱結果の発生の認識が必要ということになる。しからば、行為者に個別的取引に基づく所得の存在につき認識を欠き、ほ脱の犯意が認められない部分があれば、その部分に限っては、ほ脱所得の算定にあたりこれを除外して計算すべきであり、かつ、不注意や思い違いなどによる収益の過少記載とか損金の過大記載に基づく過少申告によって客観的には税を免れる結果を生じても、右を除外してほ脱所得を算定すべきということになるものである(松沢智……「脱税犯といえば、懲役刑の言渡しがあっても執行猶予が付されるものと考えられていたが、昭和五五年三月一〇日、東京地裁で、法人税法違反について実刑判決が言渡された」と紹介されるのが通例の右東京地裁の判決の担当裁判官・判時九六九号・一三頁……租税に関する犯罪・ほ脱事犯を中心として、現代刑罰法大系2・経済活動と刑罰・八三、八四頁)。

ちなみに、「脱税犯といえば、懲役刑の言渡しがあっても執行猶予が付されるものと考えられていた」時代の理論はいわゆる全税額説(一部の所得脱漏の認識さえあれば、客観的に免れた全税額につきほ脱犯が成立するとする)で、これはその刑罰目的を国庫収入確保に置いたための見解であり、だからこそこの見解に基づく判決には必らず執行猶予が付される結果になったのである。しかし、最近は、このような乱暴な議論を克服し、行為者の認識を基礎として刑罰権行使の正しい在り方を求める判決例が定着してきており、そのうえに立って実刑判決も具現されるに至ったということができるのである。その顕著な例が大阪高裁昭和五七年一二月一六日判決であり、そこでは約五七〇〇万円が計算ミスと認められその未計上により免れた所得税額はほ脱税額に含まれないとされたが、それでも所得税一億七四一九万一二〇〇円を免れたとして実刑が言渡された(判時一〇九四号一五〇頁参照。なお、東京地裁刑事財政経済部における昭和五二年度から昭和五六年度までの直接税法違反事件処理の概況……そこでは全税額説は当初から排斥されている……について、判時一〇二八、一〇二九、一〇三一号参照。)

(二)、右の全税額説を脱却した新しい見解にしたがえば、本件につきほ脱犯が成立するものは、本件証拠上のいわゆるオレンジノート(以下、単にオレンジノートという。)に現われた金額だけを基礎に算定されなければならない。そして、この証跡は、すでに原審での証拠書類および原審の公判審理の過程の中に、次にみる如く明らかに現出していたのである。

1、まず、原審弁護人は、弁論要旨第一項において「脱税犯は、故意犯であり不正の行為により税を免れる犯罪であるからして、いわゆる不正の行為により免れた税額とたとえば過誤による記帳もれなどを原因とするその他の脱税額とを区分し、前者についてのみ犯罪の成立を認めるべき……本件についても、明確に分析すれば、右の如き区分も可能と思われる。」と述べている。

2、村山和子の昭和五九年一〇月二日付質問てん末書の第二項に「(所得を調整しながら決算書を作成書を作成したとは)ノートに記録した売上より少ない売上の金額を決算書に書いたり、仕入金額を実際より上乗せしたりして決算書に上げたということです。」と、同第四項に「(あなたが述べているノートとはこれのことですか、と聞いてオレンジノートを示されたのに対し)そうです。ただ今お示しのノートを見ていただければ実際の売上なり、仕入及び経費の金額がわかると思います。」と、同第六項に「五六年分差額計三八、五四一、五六七円、五七年分差額計三〇、八八五、八八九円、五八年分差額計二五、五八六、六二五円、これらの、ノートと決算書との差額についてはいずれも所得を調整しながら決算書を作ったためによるものです。お示しの表でもわかるとおり売上を少なく決算書に上げていたことによるのが大部分ですが、仕入や外注費でも調整していました。」との記載がある。

3、被告人の昭和五九年一〇月二日付質問てん末書の第四項に「妻和子は、一年間の売上金額、仕入金額及び経費金額を、店の売掛帳、請求書、納品書、領収証などからオレンジ色のノートにまとめていましたが、私の指示によりまとめ上った数字をよせたりふやしたりして、決算書と確定申告書の所得金額を作っていました。」と、同第七項に「(正しい売上金額、所得金額がわかりますか)妻和子が記帳していたオレンジ色のノートには、本当の売上、仕入、経費が書いてあるので、それを見て計算すれば、ほぼ正確な売上、所得金額がわかると思います。」との記載がある。

また、被告人の昭和六〇年二月一日付検面調書の第九項に「妻は、一年間の売上金額、仕入金額、経費金額を売掛帳、請求書、納品書、領収書等から計算してオレンジ色のノートにそれらをまとめる等していました。妻がこれをまとめると、私も一緒にその金額を検討して数字を増減させて所得金額を実際より少なくして決算書、申告書を作るよう妻に指示しました。……一年分で二〇〇〇万円か三〇〇〇万円位は少なく申告していました。」との記載がある。

4、証人村山和子は「(あなたは、収支をオレンジ色のノートに記帳していたのですか)はい。だいたい私がしていました。(ノートにはあなたも被告人も正確に記帳していたつもりだったのですか)はい。……(記入もれの原因は何だったのですか)振込金とかの記入もれがあったからです。」と証言している。

5、最後に、証人佐藤正雄は「(被告人らはそのノートに記載してある額は実際の収支の金額とほぼ一致していると思っていたようですか)私の所に依頼に来た昭和五九年八月二九日ころまではそう思っていたと思います。私らの調査の結論が出るまでは、脱税額はその額に基づくと思っていたと思います。(オレンジノートに基づく脱税額とあなたが調査した脱税額との差はかなりありましたか)はい。正確には記憶していませんが、本人の考えでは三年間の各年の所得は三〇〇〇万円ぐらいで、申告は一〇〇〇万円をちょっと下る程度だったそうですが、私が書類を確認して出てきた実所得は多い年で七〇〇〇万円ぐらい、少ない年で四五〇〇万円ぐらいになっていたと思います。(オレンジノートに実際の脱税額を算出する収支額が記載されていなかったという理由は何だったのですか)一つは本人の計算がいわゆる現金主義のやり方によっていたこと、もう一つには売り上げにおいて手形を受け取った分と官庁関係の振り込み入金の分が集計されていなかったのが大きな原因でした。(経理は奥さんがやっていたようですが、奥さんの会計処理能力やそうした知識はどうでしたか)学歴はわかりませんが、私の判断では複式簿記を知らない人だと思います。」「(裁判官の質問・本件の脱税は、被告人が意識的に所得を隠していたのと、帳簿への記帳をしなかったために隠したことになったのの二つの原因があるということですか)そうだと私は思います。(意識的に隠した分が多いのですか)半分半分ぐらいだと思います。」と証言している。

(三)、以上のところから、本件公訴事実の中に被告人の故意に基づかない脱税金額のあることは証拠上明白であり、だからこそ、原審弁護人も右(二)・1のとおりの弁論をなしたのである。ところが、これに対し原判決は、「量刑の事情」の中で「弁護人は、本件の脱税は帳簿の記載の過誤による売上除外に原因しているところもあると主張するが、そのようなことは見あたらず、被告人が税を免れるため意識的に売上除外をしたのは明らかであるといわなければならない。」と全く誤った判断をなしているものである。

五、(一)、租税刑事事件の中で所得税法・法人税法違反被告事件においては、起訴状の訴因は概ね定型化しており、「免れた税の額」については、申告した所得金額とその税額並びに実際所得金額とその税額、その差額としての脱税額が総括的に票示されるにとどまり、所得金額の確定方法、金額の内容明細は、検察官が冒頭陳述段階で提出する冒頭陳述書によって明らかにされるのが通例である(小島・租税刑事事件の審理について・司法研修所論集・第七二号五一頁)。すなわち、実務では、検察官は冒頭陳述において修正損益計算書などに基づき、その各勘定科目ごとに公表金額と当該期中において修正すべき金額を示し、あわせてほ脱所得の内容を具体的に説明することによって証拠との関連を明らかにする運用がなされており(近藤・財政経済事件・公判法大系Ⅲ・一四三頁)、本件においても、検察官は第一回公判で提出した冒頭陳述書に昭和五六、五七、五八年ごとの修正損益計算書をつけているのである。そして、右各修正損益計算書の「当期増減金額」には、いまや淘汰されたというべき全税額説に基づく金額が記入されており、その中には既述のとおり故意に基づかない金額も入っているのである。

(二)、これも既述のとおり、本件金額のうち故意に基づくものはオレンジノートに記載されたもののみである。そこで、オレンジノートに現われた各勘定科目ごとの金額と公表金額とを昭和五六、五七、五八年ごとに比較損益計算書で表示したものが別紙の各損益計算書である(そこに、「居宅押一一とあるのがオレンジノートを示すものである)。このうち昭和五六年分を本件冒頭陳述書の昭和五六年中の修正損益計算書に比べて説明すると、一番下の「所得金額」のうち「居宅押一一」の四六七三万四四三一円が右修正損益計算書の事業所得の貸方欄の「差引修正金額」の七〇二七万四八七〇円に照応する。さらに、被告人の事業所得のほか不動産所得を加味して正しい税額を算出すると、別紙の昭和五六年分の所得税の修正申請書に記載のとおり金二二四三万一九〇〇円になる。このうち、被告人は金一五九万五九〇〇円を確定申告したので、昭和五六年の本件脱税額は金二〇八三万六〇〇〇円ということになる。同じく、昭和五七年のそれは金一六八八万七四〇〇円、昭和五八年のそれは金一五〇一万九七〇〇円ということになり(別紙昭和五七、五八年の各修正申告書参照)、その合計は金五二七四万三一〇〇円になるものである。したがって、原判決が認定した昭和五六年中の脱税額金三六六二万三五〇〇円のうち金一五七八万七五〇〇円、同じく昭和五七年中の脱税額金二〇九八万二七〇〇円のうち金四〇九万五三〇〇円、同じく昭和五八年中の脱税額金三二九八万二一〇〇円のうち金一七九六万二四〇〇円の合計金三七八四万五二〇〇円については、犯罪が成立しない(一部無罪)。

六、よって、原判決は明らかに判決に影響を及ぼす事実誤認が存するので、破棄されるべきである。

第二点 原判決は刑の量定が不当である。

一、原判決は、被告人に対し懲役一〇月および罰金二〇〇〇万円の実刑を科した。しかし、次の諸情状に照らすならば、右の刑の量定は余りに過酷である。

二、脱税犯の情状として考慮される事項について、神出検事は、「脱税犯に対する処罰を、国家の租税収入の確保という行政目的を担保するものと考えるならば、その情状として考慮すべき事項も、言わば、国家の側から見た、行政目的遂行の面から評価すべき事項が中心となり、脱税の額、判決言渡しまでの間に本税等を納付したか否かが重要な要素としてあげられ、他はこれに付随したものものとして考慮されることとなるであろうが、前記のようにこれをむしろ自然犯として見る立場からは、更に、国民感情に裏付けされた社会規範に照らした評価が必要となろう。自然犯においても被害の大小、その回復の有無が、情状として重視されるので、脱税の額及び税の納付の有無は、その重要な位置を占めることは事実であるが、その他犯行の動機、手段方法、犯人の経歴、前科・前歴の有無、事件に対する態度等、一般刑事事件と共通する事項を考慮すべきであり、更には、脱税犯特有の情状として秘匿された所得にかかる収入の性質、その使途、犯人が税法上優遇されているか否かについて重視しなければならないと考える。……ちなみに、実刑の言渡しがあった事件は、そのほとんどが脱税額一億円以上の多額のほ脱事犯であり、脱税率も高いが、量刑理由として、動機において私的な利益を追及するものであること、犯行の手段において証ひょう書類を破棄するなど悪質であること、同種前科のあること、起訴された事実より以前にも同様脱税していた事実が認められることを摘示しているものが多く、」と述べている(司法研修所論集・第七一号・六八、六九頁)。

三、(一)、本件脱税額は、昭和五六、五七、五八年の三年間で前述のとおり合計金五二七四万三一〇〇円であり、右三年間の確定申告に基づく税額は合計金五五〇万八五〇〇円であるから、そのほ脱率は約九〇・五四パーセントとなる(原判決がほ脱率を九四・二七パーセントとしているのは事実誤認である)。そして、被告人はすでに起訴前に右三年分の税として合計金一億六一五七万六〇八〇円を完納している。すなわち、本件脱税額は決して巨額ではないうえ、被害は完全に回復されているのである。

(二)、本件犯行の動機は、<1>自分が新制中学しか出ていない経験から、娘らにはせめて高等教育をぜひとも受けさせたいと考え、その教育資金やあるいは将来の結婚資金を蓄積したいと思ったこと、<2>将来娘に婿をもらって法人化することを夢みて、その際の資金をたぐわえたいと考えたこと、<3>身体障害者の弟の家族に経済上の援助をする必要があったこと、<4>所得が多くなって税務署から額が公示されると、地元の元請業者の人達から閉鎖的地域性の故に仕事をもらえなくなるおそれが多分にあること等にあったものである。この点について、原判決は「その動機も結局は自己の生活設計のためということであって、特に酌むべき何物もない」と極めて冷淡であるが、被告人が脱税金額を反社会的、反道徳的用途に使用しようとしたものでなく、将来の有益な社会活動の資源に供そうとしていたという面は否定できず、少なくとも動機が悪質でないという積極評価は与えられて然るべきと考えられるものである。そのうえ、脱税の手段方法は、単純にオレンジノートに記載の金額を増減するだけの極めて幼稚なものであり、例えば二重帳簿を作成したり証ひょう書類を廃棄したりという悪質性は皆無である。したがって、本件脱税に起因する所得秘匿行為の態様をして、著しい反社会的、反道徳的な手段方法のものとは、とうてい認定できないものなのである。

(三)、被告人は、昭和二六年に宮古中学校を卒業し、同年堀合電機商会に勤務して電気工事に従事した後、昭和三七年三月二五日に独立して村山電気商会を開店し、妻和子を事業の専従者として経理事務の一切を行わせ、「夜は一二時過ぎまで働いたり、日曜日もなく稼いできました。日曜日を休んで同じ収益を上げている人もいるので不公平だと思ったこともあります。子供からお父さんは日曜日もないのか、といわれたこともあり、子供達には可愛想だとは思いましたが、子供達が大きくなったら理解してくれると思い、現在まで酒もタバコもやらず働いてきました」という如く、二〇年以上にわたり、税法上かくべつの優遇措置を受けることもなく、ひたすら働らきづくめであった(被告人の昭和五九年七月二六日質問てん末書第一、二項、同月二五日てん末書第四項)。そして、昭和四八年ころ、宮古地区に二社しかないB級の業者(五〇〇万円から一二〇〇万円までの工事ができる)にランクされて業界の極めて厚い信用を受けるに至り、かつ、昭和五九年一月には宮古地区電気工事業協同組合(四九社加入)の理事長におされて業界の信望に支えられながらその職務に精励してきた(被告人質問)。さらに、これらの多忙の中で、三〇年以上の長きにわてり消防活動に従事し、昭和六〇年二月八日に日本消防協会から表彰を受けているのである。しかも、被告人には、全く前科前歴がないのである。

右のところから、被告人が本件を別とすれば、全く最善良の社会構成員であり、これまで長年にわたり社会に多大な貢献をし続けてきただけでなく、今後とも十二分に活躍を期待できる優秀な人物であることが明らかなのである。このような社会人を、全く実社会での自力更生の機会を与えることなく、直ちに刑務所に収容することは、余りにも短絡かつ過酷と考えられるものである。

(四)、本件犯行が発覚した後の昭和五九年八月二五日に、佐藤税理士は本件に関与したのであるが、その発端は、本件を摘発した仙台国税局査察官の希望によるものであった。すなわち、同国税局だけの力だけでは、脱税状態を明確にすることが人的にも時間的にも不可能ないし著しく困難なところから、同人にいわば指導を希望してきたのである。そのため、同人は、同年九月一二日から同年一一月一五日までの間の一八九七・五時間を要して自分も含め五名の人員で各種書類の分析解明の作業を被告人夫妻の協力のもとで実施し、その結果、上申書を提出することができ、その帰結として、修正申告に基づく脱税額の完納に至ることができたのである。そして、その過程における被告人の右協力は「やった行為に対しては大変責任を感じておりましたし、私らに対しても非常に協力的で本当のことを話してくれました」(佐藤正雄の証言)という状態であった。右の次第で、被告人の反省の情が極めて顕著であるうえ、今後は同税理士の指導監督のもと適正な帳簿作成に基づく適正な所得申告の方途が確保されており、再犯のおそれは全くない状況となっているのである。

(五)、本件のため、被告人に対する地域社会の信用が著しく低下し、指名停止などにより仕事量も減り、被告人は本件により相応の社会的制裁を受け終っているものである。

四、一般に、実刑を科すべき指標として「その所得秘匿行為の態様において、著しく反社会的、反道徳的な行為、手段と認定できるものであり、かつ、そのほ脱した金額とを併せてみれば、他への悪性の伝播性がうかがわれ、誠実な納税申告者をして、その納税意欲を著しく阻害させるほどの悪性の認められる限り」ということがあげられている(松沢・前掲書・九九頁)。この点を前項の被告人に存する諸情状から総合的に考察するならば、被告人の本件犯行をして、実刑に値する「著しく反社会的、反道徳的」なものと言わざるを得ない程度のものとは、とうてい認められないのである。

五、以上詳論したところから、被告人に対する原判決の刑の量定は余りにも重きに過ぎ、これを破棄して、被告人に対して懲役刑の執行猶予をもって臨むのが適切と思料する次第である。なお、原判決の罰金二〇〇〇万円なる額は、脱税額を金九〇五八万八三〇〇円と前提したうえでのものである。したがって、事実の脱税額がそれを大幅に下廻る金五二七四万三一〇〇円である以上、罰金の額も金二〇〇〇万円を大幅に下廻ざるを得ず、この点でも原判決の刑の量定は明らかに不当であって破棄を免れないものである。

別表 比較損益計算書

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

<省略>

別表 比較損益計算書

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

<省略>

別表 比較損益計算書

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

<省略>

56年分の所得税の修正申告書

<省略>

57年分の所得税の修正申告書

<省略>

58年分の所得税の修正申告書

<省略>

昭和六〇年(う)第一三六号

○控訴趣意書

被告人 村山美代二

右の被告人にかかる所得税法違反被告事件についての弁護人の控訴趣意書は次のとおりである。

昭和六〇年八月三〇日

弁護人 松本昌道

仙台高等裁判所

第一刑事部 御中

第一、原判決の判示第一、乃至第三各記載の事実の認定は、原審証拠における供述調書及び証拠書類の評価を誤り、かつ経験則に反する認定をなし、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、かつ又所得税逋脱に関する法律の解釈を誤まり、その結果は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

すなわち原判決は被告人の昭和五六年分乃至同五八年分の所得税につき、いずれも被告人のなした各年分の確定申告にかかる総所得金額及び所得税額と、判示認定した実際の総所得金額及び所得税額との単純な差額をもってそのすべてを不正行為によりこれを免れたものと認定し、その結果原判決三枚目裏七行目において「弁護人は、本件の脱税は帳簿の記載の誤認による売上除外に原因しているところもあると主張するが、そのようなことは見当らず」と判示しているが、右は重大なる事実誤認である。

これを以下詳説する。

一、事業所得について

1、売上について

(1) 被告人はその所得税の事業所得の申告にあたっては、おおむね次の手続をとっていたと認められる。

イ、妻村山和子(以下和子という)がまず工事毎に工事担当をした従業員又は被告人が工事伝票を書き、月末にその代金額を中島幸子が被告人から聞いて請求書を作成しこの請求書から妻和子が売掛帳を作成する。

ロ、集金は中島幸子及び昆野五郎が主にあたり、同人達が入金伝票を作成し、この入金伝票より和子が売掛帳の入金欄と現金出納帳入金欄に記載していた。但し中島幸子及び昆野五郎が集金を扱わない部分は入金伝票起票を省略し直接各帳簿に記帳していた。

ハ、申告に際しては和子が現金出納帳、売上帳、元帳などから売上金額を集計してオレンジ色ノート(居宅押一一)に記載しその数字を基にして申告をするようにしていた。

ニ、売上金額はノートに記載したより少ない売上の金額を決算書に書いた。

(2) ところで右(1)のオレンジ色ノート記載の実際の数字及び決算書記載の数字を昭和五六年分について例をとって詳説すると

イ、オレンジ色ノートの金額 一六八、九三五、六〇六円

ロ、申告売上(以下公表額という) 一二九、〇四一、四〇九円

昭和五六年分差額 三九、八九四、一九七円

となり、同様にして

昭和五七年分差額 二九、八八五、八八九円

昭和五八年分差額 二〇、五八六、六二五円

であって(以下については別紙一乃至三参照)、これが被告人及び和子がいういわゆる「ヨセた」金額に相当するかの如くである。

(3) 然しながらこの差額について分析してみると、そもそも和子が売上として売掛帳から集計してオレンジ色ノートに計算した金額は売掛帳の借方金額の合計であり、それはいわゆる発生主義に基づく一応の売上金額でしかない。そして電気工事業界においては特に相手方が建築業者の場合この一応の売上金額から実際は或る程度の値引をなすのが慣行化していたし被告人の場合も現実にかなりの値引があった(これらの点は当審において立証する)。そして右の値引額は和子作成の売掛帳においては貸方記入されており、従って正味の純売上金額は本来借方記入合計額から貸方記入された金額を差引いたたものでなければならないところ、和子が多忙であったことによりこの値引額は算出されないまま発生金額を基として値引金額を含めて所謂「ヨセて」申告売上学を決定したものである。

和子も被告人も借方の発生金額は純売上でないことは当然承知していたのであるから値引額が正確には幾何であるかは不明であったにせよ、借方金額の合計と申告売上額との差額すべてが「ヨセた」ものでないことは明らかである。

(4) その被告人の売上の値引額を佐藤正雄税理士(以下税理士と省略する)が各証憑書類等にもとづいて算出したところによれば昭和五九年一一月一五日付上申書(原審証拠標目末尾記載。以下上申書という。)添付の売掛金明細表-集計表記載のとおり結果的には

昭和五六年分

(3)の金額 三、八六二、一九六円

(4)の金額 九、六一七、五三三円

合計 一三、四七九、七二九円

昭和五七年分

(3)の金額 八、六〇七、〇二三円

(4)の金額 一四、三一九、〇四八円

合計 二二、九二六、〇七一円

昭和五八年分

(3)の金額 七、九八五、九五三円

(4)の金額 一三、七九四、五〇一円

合計 二一、七八〇、四五四円

以上三年分合計

(3)の金額 二〇、四五五、一七二円

(4)の金額 三七、七三一、〇八二円

合計 五八、一八六、二五四円

のとおりの値引額が存在したことが認められる。

右の(3)及び(4)の値引額の違いは税理士作成上申書2の(2)に記載されているが、いわば、右(3)は被告人も和子も認識していた値引額であり、(4)は認識されていない値引額であるといえよう。

そうすると被告人自身においてもすくなくとも右(3)の値引額を差引いた純売上をもって自己の所得計算をなすべきことは、いわば当然のことであるからオレンジ色ノートの売上金額からある程度の値引額を差引くべきことは何ら「ヨセた」ことにはならないものである。

(5) そこでオレンジ色ノートの売上金額と公表の売上金額との差額と値引額のうち右認識ある(3)の値引額とを各年分毎に対比させてみると次のようになる。

昭和五六年分

オレンジ色ノートの売上金額と公表売上金額との差額(A)

三九、八九四、一九七円

値引額(B) 三、八六二、一九六円

昭和五七年分

オレンジ色ノートの売上金額と公表売上金額との差額(A)

二九、八八五、八八九円

値引額(B) 八、六〇七、〇二三円

昭和五八年分

オレンジ色ノートの売上金額と公表売上金額との差額(A)

二〇、五八六、六二五円

値引額(B) 七、九八五、九五三円

右三年分の合計

オレンジ色ノートの売上金額と公表売上金額との差額(A)

九〇、三六六、七一一円

値引額(B) 二〇、四五五、一七二円

即ち被告人においては結果論的ではあるが(B)の金額はオレンジ色ノートの金額から当然に控除すべきものであったのであり、従って(A)から(B)を差引いた金額の六九、九一一、五三九円が所謂「ヨセた」金額であったといえるのである。

(6) 次にオレンジ色ノートの金額と実際の売上金額との差額について考案する。この金額を各年分毎に上申書等から掲記すると次のとおりである(なお別紙四乃至六参照)。

昭和五六年分 二七、一八七、三六一円

昭和五七年分 一八、三〇〇、一一〇円

昭和五八年分 四一、〇〇七、五二〇円

合計 八六、四九四、九九一円

この差額の金額自体の内容は如何なる売上のものであるかといえば和子の昭和五九年七月二八日付大蔵事務官に対する質問てん末書(以下各質問てん末書毎の日付を特定したうえ大面調書と略称する)において

「売掛帳の中には私一人で書いているものですから抜けている工事代金もあります。」(三問答)

と、また昭和五九・一〇・二付大面調書において

「ただし、現金売上とか売掛口座のない売上先のものにつては集計もれになっているものがかなりある思います。」(四問答)

「ただいま申し上げたように売上関係についててはかなりもれているものがあると思いますが」(五問答)

「どのような売上金でも申告しなければならないということはよくわかっていますが細かい千円とか二千円とかの現金売上や、継続して取引のないお客さんの売上とかあるいは振込された売上金などは売上帳に記載しないものがありました。」(七問答)

と、また昭和六〇・二・二二付検面調書において

「私はこの集計について実際も大体この位かなと思っていましたが忙しい時期であり、集計の際のつけ落しもあるだろうと思っていましたから、売上金額等はこのオレンジ色ノートに集計した金額より実際は多いと思っていました。」(四頁)

と各述べており、一応オレンジ色ノートの金額が実際より多少は少ないであろうこと、その理由は細かい売上、売掛口座のない売上、或は振込された売上金などは売上帳に記載されないので集計もれとなったためであることは認めつつもその認識程度は漠然としたものであったことも認められるところである。

(7) そして重要なことは被告人は、和子のオレンジ色ノートにおいて集計された各金額が一応は自己の事業所得の売上の数値であると信じていたことである。即ち和子自身の各大面及び検面調書においても

昭和五九・一〇・二大面調書

「各帳簿等からオレンジ色ノートに数字を集計記録し、そのノートを基として税務署に申告する所得を前の年の申告より減らない程度に調整しながら作成したもの(一問答)

「オレンジ色ノートに記録した売上より少ない売上の金額を実際より上乗せしたりして決算書を上げた」(二問答)

検面調書(昭和六〇・二・二二付)

「私はこのオレンジ色ノートを夫に見せて申告する金額を決めてもらっていました」(四)

とそれぞれ述べているのであり、オレンジ色ノートに記載もれとなった金額については、いわば不問とされ、逆にいえばオレンジ色ノートの金額は一応正しいものとして被告人はこれから所謂ヨセて過少の申告をきめているのであってオレンジ色ノートをこえる実際金額との差額については被告人はその存在の認識を欠いていたものである。

「妻和子は、一年間の売上金額、仕入金額及び経費金額を、店の売掛帳、請求書、納品書、領収書などからオレンジ色のノートにまとめていましたが、私の指示によりまとめ上った数字をヨセたり、ふやしたりして決算書を作った」(四問答)

「妻和子が記帳していたオレンジ色のノートには本当の売上、仕入、経費が書いてあるのでそれを見て計算すれば、ほぼ正確な売上、所得金額がわかると思います」(七問答)

「オレンジ色ノートをまとめるとき妻和子によせた金額で書くように指示したことはありませんか。」(一一問)

「私も自分の事業内容がどうなっているか、どの位もうけているのか、知っておく必要があったのでそのノートまでよせた金額で書かせる必要はありませんでした。」(一一問答)

と述べているところである。もっともオレンジ色ノートの正確性については、昭和五九・一〇・二大面調書において

「妻和子は家事、育児、店番のうえ経理と多忙であり、確定申告時期になると一夜づけのような状態でまとめあげるため、わざとではないが移し間違い、集計の誤りなどが十分考えられる環境であった。」(一一問答二)

「私がよせた金額はオレンジ色ノートと宮古税務署長に提出した決算書の差額ですがオレンジ色ノートそのものが間違っていた場合を考えると帳簿、伝票などを見直して計算しないと正確によせた所得がわからないということが正直なところです」(一二問答)

と述べて絶対的な正確性は期待できなかったことを認めてはいるが、大きな金額の脱ろう等があること等は全く認識がなかったことが述べられているのである。

なお、この点について右大面調書は和子がまとめあげた以上の売上金額があったのではないかとの点につき右一二問二の外に

「電気工事業界では年間一人当り工事高は一、五〇〇万円とみていますが、私のところでは男の従業員九名ですが年間一人当たり二、〇〇〇万円位こなしたのでないかと思っている。」

「現実に貯金残高が七億五千万円位ある」(一一問答一、三)

等と述べさせてオレンジ色ノート記載以上の売上の存在を被告人が容認していたかの如き調書が作られてはいるが、前記昭和五九・一〇・二付大面調書一一問答のとおりオレンジ色ノートの作成の目的が自己の事業の実体を知るためにあるという最も納得し得る答弁から考えて多少のつけ落ち程度は予測し得たにせよオレンジ色ノートの金額が実体を示しているものと被告人が認識していたであろうことは疑いなく、右の従業員一人当り売上からの推計とか、預金残高からの推認とかの供述部分は被告人が具体的に何らかの分析なり検討なりを行なったとの供述部分があるならば格別何らの具体性をもたないもので所謂オサえた或は誘導による供述というべきもので信用性に欠けるものである。

(8) ところでオレンジ色ノート記載の売上金額と実際金額との差額の金額自体は前記(6)のとおりであり、またその部分についてて被告人が認識を有しなかったことは右(7)のとおりであるが、その具体的な内容は如何なる売上内容のものであったかこれについて実体的真実把握のため一審判決後であるが可能な限り分析してみたものの明細が別紙七~九のとおりである。

これを要約すると

イ、継続取引口座のある得意先で銀行振込、受取手形、入金が売上台帳に売上漏れになった金額で確認できた金額

昭和五六年分 三一一、五二〇円

昭和五七年分 四、〇八四、三九〇円

昭和五八年分 一二、五四九、三二六円

ロ、継続口座を設定しない得意先で銀行振込、受取手形金額が売上台帳に売上漏れとなった金額で確認できた金額

昭和五六年分 一五、六四一、六八六円

昭和五七年分 四、一七六、七一五円

昭和五八年分 二、二一八、四六〇円

ハ、雑収入で銀行振込入金が売上漏れとなった金額で確認できた金額

昭和五六年分 一、九〇五、四九五円

昭和五七年分 一、七九四、八一二円

昭和五八年分 二、五四五、七九五円

イ、ロ、ハの合計

昭和五六年分 一七、八五八、七〇一円

昭和五七年分 一〇、〇六五、九一七円

昭和五八年分 一七、三五八、五八一円

実際との差額

昭和五六年分 二七、一八七、三六一円

昭和五七年分 一八、三〇〇、一一〇円

昭和五八年分 四一、〇〇七、五二〇円

個別未確認の金額

昭和五六年分 九、三二八、六六〇円

昭和五七年分 八、二三四、一九三円

昭和五八年分 二三、六四八、九三九円

の如くとなる。

(9) 右のうち振込入金(雑収入も含む)については和子はその存在及び金額について漠然としか認識しておらず、従ってオレンジ色ノートに集計をしなかったし、一方被告人は集計されていると思っていたのである。この点は当審において立証予定である。そして右の点に関しては原審証拠中直接具体的にこれを示すものは見当たらないのであるが、そもそも右振込の内容は前記のとおり別紙七乃至九記載のとおりであり、いずれも岩手銀行新町支店、北日本相互銀行宮古支店、東北銀行宮古支店の被告人実名名義の普通預金に振込されているものであり、又同普通預金等から買掛支払日近くには岩手銀行と北日本銀行の各当座預金に相当の金額が振替られており(これらの事実は右普通預金の出納写と当座預金の出納写とを対比すれば明らかである)、和子は貸借対照表作成可能までの預金出納簿まで作成していた訳ではないが、右の普通預金への振込入金後の支出状況からみて右普通預金等は所謂「表預金」であった。即ちかりに税務調査を受ければ支払の大部分に使用する当座預金をまず調査されるのは必須であり、そうすれば振込入金の事実である普通預金の出入を調査されるのは必然であって「裏預金」であるはずがないからである。又常識的にみても別紙七乃至九各記載のとおりその振込入金相手先は官庁等明白なものであって売上除外することがそもそも不可能なものである。従って巷間よくみられるある特定売上を最初から別途の裏預金に入金させて保留する如き悪質な手段と全く異なる。

然しながら和子はこの分の売上は相当外であったため売掛帳には記入しなかった。そして被告人も相手方が官庁又は高度の信頼性のおける確実に入金される相手方であるが故に売掛管理を必要とせず売掛帳の記載を指示しなかった。従ってオレンジ色ノートに集計する際も自動的に欠落してしまったのである。

以上の事情と、被告人と和子の極端な多忙のため申告時期に一夜漬けのような状態で決算書を作成する事情とが重なって被告人はオレンジ色ノートに和子が集計した数字について格別検討しないまま(前述の値引の例もそうである)、それが自己の事業の売上金額の全部であると信じてそこを出発点として所得調整をした。従って右(6)記載のオレンジ色ノートと実際との差額については未必的によせ逋脱の意思はなかった(被告人にはせいぜい前記(8)に記載した和子が多忙のためつけ落ちをしたであろうという程度の認識しか有していない)。

(10) 右の点について原判決は起訴状の記載を鵜呑みにして証拠の検討、評価を怠たり、ひいては重大な事実誤認の誤まりをおかしているものといわなければならない。

2、仕入金額及び外注費について

(1) まずオレンジ色ノート記載の金額と公表金額との差額を各年分毎に掲記すれば次のとおりである。

昭和五六年分

仕入 一、四七二、六三〇円(減額)

外注費 なし

昭和五七年分

仕入 なし

外注費 一、〇〇〇、〇〇〇円(増額)

昭和五八年分

仕入 三、〇〇〇、〇〇〇円(増額)

外注費 二、〇〇〇、〇〇〇円(増額)

合計仮装額

仕入 一、五二七、三七〇円

外注費 三、〇〇〇、〇〇〇円

右のオレンジ色ノート記載の金額に右の如く加算して(その結果は所得は減少する。但し昭和五六年分については逆にわざわざ減額して過大申告をしていることになる)決算書を作成したこと自体は認めざるを得ない。

(2) 然しここで指摘したいことは、和子はオレンジ色ノートに集計する際仕入又は外注費のその相当部分について、その発生金額でなく支払金額を集計していることである。このことはオレンジ色ノート記載の各仕入先別金額を既に提出した税理士上申書「仕入明細表」の右空白に「オレンジ色ノート」欄に新に記入し、かつ参考のため「仕入」から「仕入値引」「仕入返品」を差引いた「純仕入」欄を設けて別紙二一乃至二五のとおり今回作成したので参照願いたい。

和子は売上については前述のとおり値引を考慮しない発生額をオレンジ色ノートに集計する一方、仕入については発生額によらず別段異とせずに支払額を集計する等理論上の誤まりをしていることが認め得る。即ち、和子は税務会計的に右の程度の知識しか有しなかったこと(被告人は和子以上に税務会計の知識を有しなかったことは全証拠で認められる)が認められることを強調したい。

3、必要経費について

(1) 和子或は被告人の大面調書或は検面調書においては、随所に申告に際して必要経費もヨセたりふやしたりして申告したかの如き記載がなされているけれどもこれらは大蔵事務官或は検察官の誘導によるものという外はない。

これらをまとめたものは別紙一乃至三のとおりであるが、必要経費のなかでオレンジ色ノートと公表額との差異を生じているもの(外注費を除く)を掲記すると次のとおりとなる。(なお昭和五七年分にはない)。

昭和五六年分 昭和五八年分

消耗品費 +一〇、〇〇〇円

雑給 +五三三、四〇〇円

事務費 △五三三、四〇〇円

雑費 +一〇円 +二〇、四〇〇円

給料賃金 △八九一、八六〇円

而してこれらの差額は、オレンジ色ノートの記載金額を詳細に検討すれば、単なる集計時の誤算、転記ミス等であり必要経費についてヨセたり、ふやしたりした等の事実は全く存在しないのである。

(2) 一方オレンジ色ノート記載金額と実際額を科目別に対比したものは別紙四乃至五のとおり、一見個々の科目について増減があるかの如きであるが、これも詳細に分析すれば

イ、税理士が実際額を算出する際科目内容の統一をはかるため科目間の振替を行なったもの

ロ、銀行からの自動振替支払の経費計上モレ

ハ、小口の現金支出の記帳モレ

ニ、家事関連費或は不動産所得の経費への振替

等であることは明白であり、昭和五九・一一・一五被告人の大面調書二問答

「売上と仕入だけの調整だけでは、つじつまの合う申告書は作れません。やはり経費や仕入と同じく、ヨセたり、ふやしたりしていましたが、強制調査の翌日のため落着きがなくつい嘘を言ってしまいました。本当に申し訳ないことをしてしまったと思っています。」

等は何らの事実も存在しないのに如何にも被告人が不正を行なっていたかの如く作文した全くのデッチあげ調書といわざるを得ない。

(3) かえって必要経費のうち大きく実増したのは貸倒金であり、また臨時電気使用料であるが、この両者の如きは公表決算書作成上ふやしたものでなければヨセたものでもないことは性質上明らかであるのみならず、後者の如きは和子或は被告人の経理の無知を示す何ものでもない。後者は被告人が顧客の新築家屋の電気工事をなす際電力会社に対し臨時に顧客名義をもって被告人が支払う電力料であるが、被告人及び和子はこの電力料は顧客からいずれ売上金として回収するので立替金的性格をもっているため必要経費とならないものと誤解し、現金出納帳或は小切手帳に記載はするけれども経費として元帳に記帳し或は集計することすらしらなかったのである。

なお、被告人の各年における必要経費は別紙四乃至六の「実際額」欄記載のとおりではあるが、その後の調査によれば顧客の新築の建前のときは必ず平均して金一万円と酒二本(この酒の分はおおむね記帳されている)を御祝儀として、また落成に招待されたときはあらためて金二万円を同様御祝儀として贈呈し、これが年間五〇乃至六〇件あったが、この金の分は計算モレとなっていた事実が判明したので情状として考慮願いたい。

(4) ここで必要経費に算入していなかった昭和五五年分乃至同五七年分の今回の修正申告にかかる増加事業税について触れておく。右の内訳は税理士作成の納付税額一欄表のとおり

昭和五五年分 二、五七五、六五〇円

同 五六年分 二、九七八、二〇〇円

同 五七年分 一、七四六、五〇〇円

であり、いずれも昭和五九年一二月一四日賦課決定通知であり、同年一二月二一日納付済である(納付領収書は原審証拠として提出済)。

ところで個人事業税は当該年分の税務署に対する申告事業所得金額を基としてその翌年に県知事からの納税告知による賦課課税方式によって確定し八月と一一月の二回に分けて納税することとなっており、法人事業税が税務署に対する法人税申告期限と同一の期限に県知事に対し申告納税する方式とは異なっている。

そして事業税額そのものは個人たると法人たるとを問わず必要経費又は損金算入されることは共通であるが、右の税額確定方式に差があるため、本件の如く後日基本となる国税の事業所得金額(法人の場合は法人所得金額)が更正決定又は修正申告による増加したことにともなう事業税の増加分についての必要経費又は損金算入の時期も異なった扱がなされている。即ち法人税については基本通達において前年度の増加所得があればその増加分に対する事業税の修正申告提出又は更正決定の有無を問わずかつ納付の有無にかかわらず増加すべき事業税額を次年度の所得計算から積極的に損金算入する旨定めており、仮に本件が法人であったならば前記増差事業税額は順次その翌年分の逋脱所得金額から順次当然に必要経費として差引認容されるはずであった。

然し個人の事業税については右の取扱が定められておらず、一般的には現実に賦課決定が告知された時、本件の場合は前記のとおり昭和五九年一二月一四日に昭和五四年分から同五八年分までの五年分を一時に通知を受けたので、昭和五九年分の事業所得の計算の際その全部を一時に必要経費とすることになると解されており、このことを是認する判例もある(昭和五六年一〇月九日東京地裁判決。税務訴訟資料一二六号二〇七六頁)。

然しながら個人事業税の確定方式が賦課課税方式をとっているからとの一事をもってその根拠とするのはあまりに形式的すぎる考え方である。そもそも個人事業税は昭和二九年以降おそらく納税者の事業税申告書提出省略という便宜性、税務署へ提出された事業所得金額を基として地方税課税庁が正確に税額を算出できるという確実性等が考慮されて税務署に申告された事業所得金額が課税標準とする賦課課税方式に改正されたものである。(地方税法七二法条の一七)そしていやしくも国税の事業所得金額が増加すれば賦課決定される時期はともかくとして地方税課税庁は事業税を一〇〇%の確実性をもって賊課してくることは当然であり、換言すれば国税の事業所得金額の増加となるべき所得税の修正申告又は更正決定があればその時点において実質的には事業税の債務は確定しているのである。

また、事業税の賦課決定時必要算入の建前を貫ぬくと、企業会計の基本原理である費用収益対応原則を著しく崩すことになるばかりでなく、所得税が高度の超過累進税率制と採っていることから徒らに納税者に不当な不利益(該当年分の所得金額合計額は変らなくとも納付する所得税額は高額となる)を強いる結果となることも明らかであり、更には個人と法人との逋脱所得算定にあたっても不平等な結果を生ずるし、付帯税たる加算税、延滞税等まで考慮すれば尚更不平等は増加する。

即ち、事業税が賦課課税方式をとっていることは法律上の税額確定方式を定めたにとどまり、所得金額の算定自体はあくまで実質的なことであるから、所得税の修正申告がなされたという事実が存在すれば事業税は一〇〇%課税されるという客観的明白な事実に鑑みその翌年において順次必要経費に算入すべきものであり、この点原審判決は逋脱所得の算定についての法令解釈の誤りがある。

二、不動産所得及び譲渡所得について

(1) 被告人の不動産所得がその確定申告より増加したのは昭和五七年分のみであり、増加額は三二一、二八五円である。而してその増加原因は収入金額の計上漏れが三六二、五〇〇円、必要経費増加額一四一、一一五円、青色申告控除額否認額一〇〇、〇〇〇円、計算誤り一〇〇円であり、成程収入金額は計上漏れはあるもののその内容及び昭和五六年分の漏れたものの内容及び昭和五八年分については収入金額の漏れはない事実等を原審提出の税理士作成にかかる不動産所得計算書と対比して考えれば、昭和五七年分の不動産所得の増加は和子の単なる集計モレ程度のことであり、到底これを逋脱したものと評価することはできないものである。

(2) 譲渡所得について

被告人の譲渡所得は昭和五八年分についてのみ存在し、これはその所有してかつ事業用に供していた自動車の売却にもとづく所得で金五六一、九二九円であり、その計算自体は弁護人も争わない。

然しながら事業用に供していた自動車を下取りに出し、新車を買替えたような場合計算が以外と複雑であり、果して譲渡所得があるのかどうか、更には仮に利益が出た場合それが譲渡所得となる等ということは、和子は勿論被告人はそもそも実際は何ら知らないのである。

この点について被告人の昭和五九・一一・一五大面調書においては

「自動車などを売って利益がでた場合確定申告をしなければならないことは十分知っていましたが申告しませんでした」と述べいかにも意識的に申告しなかったかの如き表現になっているが、利益がそもそも存在したことを知っていたのか、その金額が幾何であるのか等全く不明でありこれらの具体的事実に関する前提を欠いたまま漠然と申告の義務がある旨述べているにすぎず、大蔵事務官に迎合するためその誘導に従って「ハイハイ」と肯定しているのであって信用性を全く欠くものである。

従って右譲渡所得も逋脱所得に含めて犯意を認定した原判決は事実誤認がある。

三、まとめ

以上のとおり被告人の各年分の総所得金額のうち被告人が逋脱することを認識していなかった所得部分を差引き逋脱分のみを集計して総所得金額、所得税額等を算出すると別紙二六乃至二八のとおりとなり、これと被告人の各確定申告との差額が免れた所得金額或は所得税額ということになる(なお渡辺修弁護士の控訴趣意書記載の主張金額とは計算をより詳細にしたため若干異なる)。

所得税逋脱犯において所得の隠匿行為と直接結びつかない誤記誤算等による過少申告分の取扱については逋脱所得とならないとするのが近時判決の傾向であり(東京高裁昭和五四・三・一九高刑集三二・一、四四。大阪高裁昭和五七・一二・一六判時一〇九四・一五〇)、原判決の如く確定申告書記載の数字と実際の所得金額、所得税額との単純な差額全部をもってこれを漠然と「逋脱した」と認定することは事実誤認であるのみならず所得税法二三八条第一項の解釈適用を誤まりこの結果は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから

原判決は破棄を免れない。

第二、量刑不当の主張

原判決は被告人を懲役一〇月の実刑判決に処し刑の執行猶予をしなかったことは重すぎて不当である。

本件において執行猶予すべき各事情については相弁護人渡部修作成の控訴趣意書記載のとおりであるが、当弁護人としては次の点を特に強調したい。

一、右第一記載の被告人の認識していなかった所得していなかった所得を逋脱所得から除外すべきであるとの主張が認められないとしても、情状としては充分考慮されるべきである。

被告人らは大面調書及び検面調書において一貫して「一年分で二、〇〇〇万円~三、〇〇〇万円位少なく申告していた」と述べ(昭和五九年七月二六日大面調書四問答、同六〇年二月一日検面調書第九項)、事実自己の所得についてその程度の認識でしかなかった。近時租税逋脱事件において執行猶予と実刑を画する一つのメルクマールとして申告額と実際額との割合即ち逋脱率が重要視されているが、この場合の逋脱率の把握は客観的な結果の数値でなくて被告人の認識にもとづく数値でなければならない。原判決は表面的数字のみをもって逋脱率を所得金額で八四・四五パーセント、所得税額で九四・二七パーセントに達していることを強調しているが、これを前記の認識のあった逋脱所得に限ってみると所得金額で七二・二九パーセント、所得税額で八六・四七パーセントとなりかなりの低率となるのである。

二、被告人の所得は実質的に勤労所得であることである。近時租税犯としては実刑判決を受けた公刊例をみればその多くはサラ金業者(京都地裁昭和五八・八・三判決判例時報一一四〇・一五九)とかパチンコ業者等が比較的多い。然しながら被告人の場合は僅かの従業員をもって自らは酒もタバコもやらずに不眠不休で電気工事という正業によって生み出した所得が大部分である。形式的にいえば被告人は個人事業者であり、自らが経営者であるからそれが事業所得であることは疑いないが、内容的にいえば労働者それも肉体労働者と殆ど異ならないのでありその所得の実質は勤労所得である。それが脱税したからといって他の虚業による脱税者等と表面的な逋脱率のみの対比にもとづいて同一に扱うことは刑の均衡を著しく失するものというべきである。

三、次に他の租税犯の事例に比しても被告人の場合著しく均衡を欠く。割合最近の判決例(前掲大阪高裁昭和五七・一二・一六京都地裁昭和五八・八・三の判決の外東京高裁昭和五七・一一・一〇判例時報一〇八三-一五二、東京高裁昭和五六・七・一三判例タイムズ四四七・一四八。その他一般的なものとして判例時報一〇二八、一〇二九、一〇三一各号掲載の東京地裁刑事財政経済部(二五部)における直税税法違反事件処理の概況)の事例をそれぞれ逋脱率、逋脱額、逋脱手段、前科前歴、業種等あらゆる事情を比較衡量するならば被告人を実刑に処した原判決はあまりに重きに失することが明らかである。

四、以上の次第で原判決を破棄自判のうえ被告人に対し執行猶予の判決あらんことを切に望む次第である。

別紙添付書類目録

一、比較損益計算書(オレンジ色ノート記載売上金額と公表売上金額との対比表)(昭和五六年分)

二、右同(同)(昭和五七年分)

三、右同(同)(昭和五八年分)

四、比較損益計算書(実際売上金額とオレンジ色ノート記載売上金額との対比表)(昭和五六年分)

五、右同(同)(昭和五七年分)

六、右同(同)(昭和五八年分)

七、実額売上金額とオレンジ色ノート記載売上金額との差額のうち具体的に判明したものの明細表)(昭和五六年分)

八、右同(同)(昭和五七年分)

九、右同(同)(昭和五八年分)

一〇~一三、売掛金明細表(但し既に税理士作成として原審証拠に提出されているものに純売上金額、オレンジ色ノート記載売上金額、差額を書込んだものである)(昭和五六年分)

一四~一七、右同(同)(昭和五七年分)

一八~二〇、右同(同)(昭和五八年分)

二一~二三、仕入明細表(昭和五六、五七、五八年分)

二四~二五、外注費明細表(昭和五七、五八年分)

二六~二八、逋脱所得金額及び同税額計算明細表(昭和五六、五七、五八年分)

二九~三一、右の算出明細表(昭和五六、五七、五八年分)

別紙1 比較損益計算書

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

<省略>

別紙2 比較損益計算書

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

<省略>

別紙3 比較損益計算書

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

<省略>

別紙4 比較損益計算書

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

<省略>

別紙5 比較損益計算書

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

<省略>

別紙6 比較損益計算書

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

<省略>

別紙7 振込入金及び手形入金のうち、売上の計上洩れとなった金額

〔56.1.1~56.12.31〕

<省略>

別紙8 振込入金及び手形入金のうち、売上の計上洩れとなった金額

〔57.1.1~57.12.31〕

<省略>

別紙9 振込入金及び手形入金のうち、売上の計上洩れとなった金額

〔58.1.1~58.12.31〕

<省略>

別紙10 56年分売掛金明細表 集計表

<省略>

別紙11 56年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙12 56年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙13 56年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙14 57年分売掛金明細表 集計表

<省略>

別紙15 57年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙16 57年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙17 57年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙18 58年分売掛金明細表 集計表

<省略>

別紙19 58年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙20 58年分売掛金明細表

【継続口座】

<省略>

別紙21 56年分仕入・明細表

<省略>

(注1)岩電、ユパック、マスプロふたば商事、シャープのオレンジノート類は支払金額によっている。

56年分外注費明細表

<省略>

別紙22 57年分仕入・明細表

<省略>

57年分外注費明細表

<省略>

(注1)三星商会、協栄電機のオレンジノート類は支払金額によっている。

(注2)秋元電装については57年外注費に223,468円にて実際額に計上されてある。

別紙23 58年分仕入・明細表

<省略>

58年分外注費明細表

<省略>

(注1)岩電、三星商会、シャープのオレンジノート額は支払金額によっている。

(注2)秋元電装、大徳については58年分外注費に、秋元電装189,876円、大徳797,101円、合計(986,977)円にて外注費の実際額に計上されている。

別紙24 57年分仕入・明細表

<省略>

57年分外注費明細表

<省略>

別紙25 58年分仕入・明細表

<省略>

58年分外注費明細表

<省略>

別紙26 56年分の所得税の修正申告書

<省略>

別紙27 57年分の所得税の修正申告書

<省略>

別紙28 58年分の所得税の修正申告書

<省略>

別紙29 比較損益計算書

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

<省略>

別紙30 比較損益計算書

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

<省略>

別紙31 比較損益計算書

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

<省略>

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